広島大学加速器物理研究室の研究テーマをご紹介いたします。
国際リニアコライダー加速器開発
国際リニアコライダー(ILC, International Linear Collider)は、重心系エネルギー250GeV-1000 GeVの電子・陽電子コライダーです。加速器として、超伝導線形加速器を採用するとこで、シンクロトロン放射によるエネルギー損失という障害を乗り越えて、高エネルギー衝突を実現します。
電子と陽電子は素粒子であり、またお互いに反粒子です。これらの衝突が起こると、電荷などの量子数が完全にゼロである、純粋なエネルギーの塊を生成することができます。この状態は小さなビッグバン、宇宙創成の再現であり、この時空に含まれるすべての未知の素粒子が飛び出してきます。
広島大学加速器物理研究室では、国内外の研究機関と協力して、国際リニアコライダーの加速器開発研究に取り組んでいます。栗木はIDT(International Development Team)の一員として、主に電子・陽電子入射器開発を推進しています。
国際リニアコライダー計画 https://aaa-sentan.org/ILC/
国際リニアコライダー準備研究所の設立提案書が正式リリース(2021/6/1)
先進的フォトカソード研究
フォトカソードとは光電効果により電子ビームを生成するデバイスのことです。電子ビームは熱電子放出、電界電子放出、そして光電子放出という三つの方法で発生させることが可能ですが、光電子放出では短パルスレーザーを使用することで、非常に短い時間の間だけ電子ビームを生成するなど、自在に電子ビームを発生させることができる、優れた方法です。広島大学加速器物理研究室では、これまでにいかのような特徴的かつ高性能なフォトカソードの開発に成功しています。
CsTe/CsKSb/CsKTe活性化によるGaAs陰極:スピン偏極した電子ビームが生成可能。通常は清浄なGaAs表面にCsO/NF3を添加し活性化させるが、広島大学では世界で初めてCsTeおよびCsKTeによる活性化に成功。
Cs2Te陰極:Cs2Te陰極は欧州のCERN研究所で開発された高量子効率、高耐久のフォトカソード。広島大学はつくばの高エネルギー加速器研究機構(KEK)と共同で、Cs2Teフォトカソード生成装置を開発し、KEKのSTF加速器で運用。
CsK2Sb陰極:CsK2Sb陰極は、可視光(緑色光)で励起可能で、高耐久、高量子効率のフォトカソードです。元々、航空機メーカーであるボーイング社が開発しましたが、広島大学ではその性能が基板に大きく依存し、基板の結晶性、具体的にいうと原子配列により大きく影響されることを世界で初めて明らかにしました。また1.2+105 C/mm2という、半導体フォトカソードとしては例をみない高い耐久性を実証しました。
グラフェンアームドカソード:グラフェンは炭素原子からなる単層の結晶構造です。単層からなるために、通常の結晶構造とはことなり、電子を比較的自由に通過させる性質があります。Graphene Armed Cathodeとは、米国ロスアラモス研究所の山口尚登研究員のアイデアで、半導体カソードなどの表面にグラフェンを置くことで残留ガス分子などによる汚染を防止し、半永久的に使用できるカソードのことです。広島大学はロスアラモス研究所、名古屋大学、KEKと共同して、この開発研究を行っています。
Polarized Super KEKB project
Super KEKBとは、つくばの高エネルギー加速器研究機構(KEK)で稼働中の電子・陽電子コライダーである。周長3kmの円形コライダーでエネルギーは4GeVと7GeVである。ここではB中間子を大量に生成し、CP非保存という自然法則が持つ非常に小さな対称性の破れを検出している。この対称性の破れは我々にとって、いや、全宇宙にとってとても大切なものである。この対称性が無ければ、いまだに宇宙は物質と反物質からなる薄いスープのような状態で、安定した物質が存在することは出来ないからだ。物質は反物質に触れたとたんにお互いに消滅し、大きなエネルギーを発生するのだ。CP対称性が破れているおかげで、長い時間をかけて物質と反物質の割合が変化していき、現在では反物質はほとんど存在しなくなった、と考えられている。
現在のSuper KEKBは無偏極の電子ビームを使用しているが、そのビームをスピン偏極させようという提案を、広島大学はカナダのビクトリア大学、KEKなどと共同で行っている。Super KEKBの電子ビームを偏極させることで、電弱対称性という自発的対称性の破れを説明するワインバーグ角の測定が可能となる。電弱対称性は現代の物理学を支える基本構造で、原子核の放射性崩壊などを引き起こす弱い力と電磁気力(光、電気、磁気などの現象)を統合する体系である。すなわち、偏極ビームを導入することで、Super KEKBの射程がCP対称性の破れから、電弱対称性まで大きく拡がることになる。
Super KEKB Factory https://www-superkekb.kek.jp/
位相空間回転による新奇ビーム生成
ビームは多数の粒子からなるもので、通常は三次元空間のある領域に分布している。ある粒子の運動学的な性質はその位置と運動量をきめることで定義できるので、ビームの性質は全ての粒子の位置と運動量の分布できまってしまう。このように定義される空間を位相空間(Phase space)と定義し、(x, px, y, py, z, pz)の六次元空間となる。リウビルの定理によると、ビームがこの空間で占める体積は、外部からエネルギーを加えたり、取り去ったりしない限り不変である。この性質を利用すると、体積が変わらない限り、その形を自由自在に変えることが、力学的な法則からは可能であると言える。例えば、xyの面積が大きいかわりに、z方向に非常に薄いビームを作ったり、逆にz方向には長いけれども、xyの面積がとても小さい針のようなビームも可能である。このようなビームの位相空間の変形を位相空間回転と呼ぶ。これを実現する手法として、次の二つの手法が提唱されている。
RFBT (Round to Flat Beam Transformation) :xyに対称(すなわち円形)のビームを生成し、そのビームをx>>yなどの非対称なビームを生成する技術。ソレノイド磁場中でビームを生成して、発生するxy相関をskewQ磁場により取り除くことで実現する。
TLEX (Transverse to Longitudinal Emittance eXchange):x方向とz方向の位相空間を丸ごと入れ換える手法。シケインやドッグレッグなどの特殊な磁石を配置したビームラインと二重極モード空洞により実現される。
以上の二つの実現には、精密なビーム制御技術が必要なため、ハードルが高い。一方で実現すれば、ビームへの操作性が劇的に向上するため、そのインパクトは大きい。広島大学では、米国アルゴンヌ国立研究所、北イリノイ大学、早稲田大学、東大、KEK、などと共同して、これらの実現に取り組んでいます。